【15】発見されたあと暴れて、警察沙汰に
母が行方不明になって、とにかく「じたばたしても仕方がない」と思っていました。
叔母に連絡して、もともと母の実家があったところあたりを探してもらったりしましたが、見つかりませんでした。
わたしも心あたりを何箇所か回りましたが見つけられなかったので、仕事も休めませんんし、どこかで発見されるのを待つしかない、と腹を括りました。
警察に届けて2日目の朝、母が生まれ育った地域の管轄の警察から、母を保護したという電話がありました。家から電車等で1時間ほどかかる場所でした。
民家の庭に勝手に入り、うずくまっているところを発見され、住人の方と会話があったということですが、支離滅裂で言っていることが理解されず、警察を呼ばれたようです。
母は違う名前を名乗っていたようですが、自宅の電話番号を口にしたため、警察官が連絡してきた、ということでした。
警察署に迎えにいくと、母が警察官になにやら文句を言っているところでした。
母が迷惑をかけたことを謝罪し、車に乗せました。
家にいる時、母が寝ている部屋は常に暗く、顔色や様子を細かく見ていなかったわたしは、改めて明るい光のもとで見る母の顔色を見てショックでした。
やせこけていて、内臓疾患を抱えているかのような土気色だったのです。
車の中で母はずっと「自分はアフリカの生まれで、なんとかしてそこに行かなくてはならない」という話をずっとしていました。
「これはいかんなぁ、連れて帰ってもまた行方不明になるだろう」と思ったので、3日ほど食事を摂っていないんだし、顔色も悪いし、病院に行こうという話を運転しながらしました。
母は非常に苛立った様子で話を聞いていましたが、以前入院していた病院に診察だけでも行こうよ、とわたしが言ったのがいけなかったのか、急に興奮しだして、車を降ろせ!と喚き始めました。
高速道路に入ったところで、降ろすわけにはいきません。「それはできない」と言うと、運転席のわたしに殴りかかってきました。
ハンドルを掴んで体重をかけて切らせようとし、無理やり車を止めさせようとします。事故を起こすまいと必死で耐えました。「やめろ!危ない!」と言っても聞きません。
すると、今度はドアを開けて高速走行中の車から飛び出そうとします。
そのとき、わたしのなかで「カチッ」という音がしたような感じでスイッチが入った気がしました。
以前読んだ本の中で、「人生には90点でも95点でもダメで、100点満点を出さないといけない瞬間がある」という言葉がありました。今がその時だ、と思いました。
本気でかからないと母も自分も死んでしまうし、ヘタすると巻き込み事故を発生させて大惨事になる、と。
飛び出そうとする母の腕を左手で掴み、この際骨折させても離すまい、というくらいの力でホールドしました。それから右ひじでハンドルをキープしながら、携帯電話で警察に電話しました。
最初、通話履歴から捜索願を出した警察署につながりましたが、「110番にかけ直してくれ。110番ならばGPSで位置を捕捉できる」とのこと。
母は掴まれた腕を振りほどいて外に飛び出そうと暴れ、わたしを殴打し続けます。
歯を食いしばって必死でハンドルキープしながら110番にかけ直し、すぐ来てくれるように言いました。
110番には、母とわたしがもみ合って叫び合う緊迫した様子が伝わっていたと思います。
「電話をつなぎっぱなしにしといてくれ」と言われ、ちょうど通話中に運よくパーキングエリアの看板を発見したので、そこに入って車のナンバーを伝え、いったん電話を置きました。
パーキングエリアに入ってすぐのところで車を止め、母の腕を掴んだまま警察官が来るのを待ちました。20分くらい、母は興奮して暴れ続けましたが、頑として正面を見据え、決して腕を離しませんでした。
やがて白バイとパトカー1台が来て、3人の警察官が来ました。
起きたことを説明し、これは措置入院事項ではないのか、と警察官に厳しく言いました。
危うく大事故を起こすところだったと。
このまま高速道路に戻ることはできないし、放っておくと母はまた行方不明になってしまう。
「ではどうしたいのか」と警察官に聞かれました。
「今から入院できる精神病院を探すから、移送してほしい」と強く言いました。
「検討する」と警察官は返事し、上司に連絡を取り始めました。
わたしはすぐに7年前に母を入院させた病院に電話し、状況を説明し、入院が可能かどうかを聞きました。意外にあっさりと「部屋が空いている」とO.Kが出ました。
前の入院の際、「移送のスケジュールをおさえるから入院の予定を決めさせてくれ」と頼んだ時に、「緊急のときのためにベッドは空けておきたい」といったんは断られたことを思い出しました。
なるほど、緊急というのは、こういうときのことを言っているのか、と思いました。
警察官に入院できる病院をおさえたことを伝え、移送を頼むと「パトカーに乗せることはできない」と言われました。
わたしが運転するワンボックスカーの3列目の奥に母を乗せ、出口を塞ぐ形で隣に警察官が一人座る、と。さらにパトカーが後ろから護衛する形でついてくる。
警察として今できるのはそこまでだ、という話でした。
3列目にはドアがないので、その方法なら飛び出すことはなく、安心です。
警察としてその場で応急的にできる対処としては最良のものだったのではないか、と思います。
その態勢でパーキングエリアを出発し、車を走らせました。3日ほどろくに寝ていない疲労もあり、大変でしたが、なんとか病院に到着しました。
3列目シートに警察官と母を乗せたまま、すぐに受け付けに行って説明すると、病院のスタッフが車まで来てくれました。
警察官は、母が病院スタッフに連れられて診察室に入るのを確認して、去って行きました。
いつもは何もしてくれない、と巷間評判の悪い警察ですが、このときばかりは本当に感謝して頭を下げました。
すぐに医療保護入院が決まり、書類に必要事項を記入しました。
今度は以前頼んだのとは違う叔母に保証人を頼みました。
そこからどのようにして仕事に戻ったのか、よく覚えていません。
ともかく、最悪の事態を回避できたことを天に感謝したことだけははっきり覚えています。